お気に入りの投資本紹介コーナーです。今回で六回目になります。ある程度の数学と金融の知識がないとはっきり言って読むのには苦痛が伴いますし、万人受けするものでもありませんが、価値ある良書です。日本語で読めることに感謝です。

なお、原題は、"Fortune's Formula: The untold Story of the Scientific Betting System that Beat the Casino and Wall Street" です。



  • 登場人物

情報理論を確立し、20世紀科学史における、最も影響を与えた科学者の一人と言われるクロード・シャノンと、ブラックジャック必勝法を編み出したことで有名な数学者、エドワード・ソープを中心に、

ジョン・ケリー、ヘンリー・ラタネー、サミュエルソン、バフェット、マーコウィッツ、ブラック、ショールズ、マートン…有名な学者や投資家がたくさん出てきます。

ベル研究所、MIT、ウォール街、ラスベガス…舞台もさまざまです。
今日の金融市場がどのように発展してきたか、その歴史を学ぶことができます。株式投資に生かせる示唆に富んだ内容で、読み物としても大変面白く、今年読んだ本の中で最大の衝撃が走りました


  • ケリー基準

物語の核心部分には、ケリー基準があります。ケリー基準とは、ギャンブルで賭け金を決める方法の一つで、期待値のわかっているギャンブルを繰り返し行うときに、資金の増加速度を最大にする賭け方です。(Web上では、1. ケリー基準 2. Kelly基準とその周辺の意味するもの(PDFファイル)の解説がわかりやすいと思います)

期待値が正であればいつでも、資金を最大限投入すべきでしょうか?当たり前ですが、運が悪ければ資金を減らしますし、大きく賭けすぎるといつか破産することになります。

よく、マーチンゲール法もギャンブルの必勝法(?)などと言われることがありますが、この方法では長期的には必ず破産します。

ケリー基準のすごいところは、絶対に破滅しないことです。不運が続いても絶対に破産しない賭け金の決め方であり、その中で最も効率よく資金を増やすことができる方法です。

ジョン・ケリーは、シャノンと学科は違うものの同じくベル研に勤務していました。その時期に、シャノンが確立した情報理論をベースに、ケリーの公式を導き出したとされています。


  • ケリー基準は株式投資、資産運用でもベストな方法か


ノーベル経済学賞受賞者のサミュエルソンらは、このケリー基準から誤って導きだされるという"誤った推論"を批難しています。サミュエルソンの言う誤った推論とは、

ケリー基準(幾何平均を最大にすること)がどんな期待効用をも最大化する

ということです。どういうことでしょうか。私なりに別の視点から言い直すと

ケリー基準は資金増加速度を最大化するからといって、どんな投資家もケリー基準を採用するはずだというのは誤った推論だ

と言っているようなものです。(投資において期待値が正確にわかることはないので、厳密にケリー基準を実行するのは不可能ですが、それは別の話です。念のため)


なお、この推論を巡る論争に、シャノンは加わっていません。

賛成派は、ラタネーら一部の数学者、統計学者、情報理論家、ギャンブラー
反対派は、サミュエルソン、マートンらMITを中心とした経済学界、ウォール街のプロ達


サミュエルソンの言う通りだと私は思います。株式投資を始めたばかりの社会人一年目だったら、100万円が50万円に減ることはあっても、長期的に最速資産を増やせるケリー基準を使いたいというのは納得できます。しかし、1億円の資産を築いて、リタイヤしたばかりのおじさんにとっては、ケリー基準は大きく賭けすぎです。ケリー基準で賭け続けると、今後一度でも資産が現在の半分になる確率は1/2もあるのです。このおじさんは、一時的に資産を大きく減らすリスクをおってまで、"資産を理論上最大速度で"増やしたいでしょうか?ケリー基準を使えば、どんな期待効用も最大化されるというのは人間の感覚とあいません。


  • LTCMの破綻に何を学ぶ?

終盤ではLTCMについて書かれています。

ケリー基準は、権威サミュエルソンが強く批判していることから、(ケリー基準自体を批判しているわけではないようなので、誤解のような気もしますが) 経済学の中では異端の理論だそうで、論文を経済学会誌に投稿しても相手にされないようです。

ショールズやマートン(もちろん反ケリー派)も運営に加わったヘッジファンド、LTCMは、あるとき呆気なく破綻します。原因は一言で言うと不確実性を無視していたことです。まぐれなどで、タレブはよく馬鹿だと言及していますし、バフェットも、IQ170もあろうかという大の大人たちが自分の立場を破綻する可能性がある立場においたのかとあきれていたそうです。


絶対に破産しない方法である、ケリー基準を守っていれば…
運用チームの中に、プロのギャンブラーがいれば


読み応えのある章でしたが、そういうことを著者は言っているように感じられました。

今のファンドマネージャーたちは、ケリー基準の哲学について、いったいどのくらい理解しているのか気になるところです。株式投資で(競馬でもカジノでもいい)長期的に成功するための、もっとも大切な条件は、生き残り続けることだと再認識しました。


  • 他にも興味深い内容が満載

最後に、興味深かったのは天才シャノンのポートフォリオです。シャノンが1950年代末から1986年まで年率28%のリターン(バフェットはだいたい同時期に27%!)を達成した投資手法は、一見するとケリー基準も何もない(ように見えるだけとも言える)、長期バイ&ホールド戦略によるものでした。


扱っている内容がそもそも難解で、登場人物がやたら多く、話が脇道にそれることもやたら多く、特に最初の方は、昔のギャングたちの話がだらだらと続いて、途中で本を閉じてしまう人が多いんではないかと心配になります。しかし、ギャンブル好き数学好きの方は是非読破に挑戦していただきたいです。